LIVE「かなしいうたがききたいぜ」に寄せて

 

今回スケジュールの都合で出演出来なかった、寿[kotobuki]のナーグシク ヨシミツさんから、メッセージをいただきました。

 

「 悲 し い 歌 」

 

 自分にとっての悲しい歌とは沖縄戦の最中、全てを失なった焼け野原の捕虜収容所で空き缶や廃材で「カンカラ三線」を作り、そんな惨状からでも楽器と思いをふりしぼり作った沖縄の民衆の歌達や、それから南米を代表する歌手「ビクトル・ハラ」の歌。
 …彼は歌と共に、時のチリ軍事政権に弾圧され死んだ後も歌いギターが弾けぬ様に手首を切断され殺された。国家や権力者にとって銃や兵器より歌が力と恐怖の対象になる事もあるのだ。

 そんな歌達はいつ聞いても悲しくなる…、しかし!とてつもない力や希望を感じるのだ。本物の「悲しい歌」とはそんな力があるのかもしれない、だからこそ魂に響くのだ。
 
 最近は悲しい歌まで商品化され、金で涙を流す人達が増えてる「泣いてるのか?泣かされてるのか?」感情までコントロールされたいのだろうか?堂々と「これぞ!泣ける歌!」的なキャッチコピーが付いてるアーティストは要注意だっ(笑)!もっと自分自身の感情、感性をさらに研ぎすます時代が来た!
 
 2013現政権の憲法改正案は、戦争の世紀だった20世紀を終えた世界の民衆は新しき21世紀の自由と平和な道を模索しようとする中、逆行する様に戦争の出来る国、国や公が国民を縛るアナクロ的な憲法に変えようとしてます。
 表現の自由など「公の秩序を乱してはならない」と、まるで権力で規制されていきそうです…、別の意味で中身も力も無い「悲しい歌」しか歌えない時代が現実にすぐそこまで訪れているのかもしれない。こんな時代や社会を変えれるのも歌の力かもしれない。


 今日は高円寺から、たくさんの力を持つ「悲しい歌」が生まれますように。

 たくさんの魂達と共に楽しみましょう。

 宮城善光・ナーグシクヨシミツ

      

PROFILE●宮 城 善 光(ナーグシク・ヨシミツ)/ うたとギター・三線
1965年沖縄・那覇生まれ。新宿・百人町在住。少年時代に「日本復帰」前と後のオキナワを体験している。1985年東京でエレクトリックバンド、寿[kotobuki]を結成。その後現在に至るまで、女性シンガー・ナビィとのユニットととして琉球弧の民謡とオリジナルソングを歌い続け、全国の様々な市民運動の場でも演奏している。ソロ活動では琉球独立を歌い続け、詩集とCDを発表している。

●寿[kotobuki] ホームページ:http://www.kotobuki-nn.com